
●あらすじ |
前世で花屋を営んでいた男爵令嬢のロゼ。
庭師の試験を受けるために王宮に来たはずが、 何故か氷の王と名高い 国王ギャザラの『夜の教育係』として採用されてしまう。 意地悪な物言いをする彼に、ロゼの強気な心がざわつき始めて……。 「陛下の事は率直に申し上げて嫌いです」 甘え下手な世話焼き転生令嬢と不器用でひねくれ者の国王の あたたかくて優しいラブストーリー!! |
●立ち読み |
「そこに座れ」 「はい?」 「二度言わせるな。なんのためにわざわざ出てきたと思う」 そんなこと、こちらが知るわけがない。 久々に会ったと思えば、やはりギャザラはギャザラだった。 なんでこんな男の挙動に、いちいちドギマギしなくてはならないのか。 本当に嫌だと眉をしかめながらも、ロゼは彼が頤で示したベンチのほうへと足を向けた。 かなり苦心しながらも一度丁寧に洗って干した後、日当たりと風通しの良い場所に移動したベンチ。 素直に腰を下ろせば、ぽかぽかとお尻に当たる木の温もりが心地よい。 一体何をしに来たのだろう。半眼になりつつも眺めていれば、どかりとギャザラが隣へ腰を下ろしてきた。 こんな至近距離も今更だ。そう思うのに、ここがいつもの私室でないためなのか、やけに緊張してしまう。 そんなロゼの内心などおかまいなしに、ギャザラが身体の向きを変えた、その時だった。 「きゃっ!?」 突然、膝の上にトンッと飛び乗ってきた茶色いもの。 短い腕をどうにか組んで、ロゼの膝へと座るネッドの姿に、うなるような低い声が横から聞こえて来た。 「おい。なんのつもりだ」 「す、すみません。私のパートナーなのです」 「パートナー?」 一層不機嫌そうな声が、その場に響く。その身体を掴もうとしたのか、伸ばされたギャザラの手を、はしっと短い手でネッドが止めて。目の前で繰り広げられる無言の攻防に、ロゼは目を細めた。 ——もしかして、妬いているのかしら。 一瞬浮かんだそんな考えはバカバカしいと、すぐに一蹴した。嫉妬なんて感情は、そもそも愛情の上に成り立つものだ。 「止めなさい、ネッド。少し一人で遊んでいて。ご飯の時にはまた膝に乗せてあげるから」 くりくりとした黒の瞳でギャザラを睨みつけている毛玉の精霊。 フカフカな毛に覆われたその首を掴んで横へとよければ、不機嫌そうな顔のまま、ギャザラがロゼの膝の上に頭を乗せてきた。 「陛下?」 「このベンチの場所はいいな。上から死角になっていてちょうど見えない」 「はぁ」 そんなことは聞いてもいないのだが。 ロゼの横にぴったりとくっついて腕組みをしているネッドといい、唐突にこんなことをしてきたギャザラといい、この状況は一体なんなのだろう。 「あの、陛下? 何かあったのですか」 腕を組んで目をつむってしまっている彼の顔は、心なしか疲れて見えて。躊躇いつつも、すっかり汚れてしまった手袋を外して頭を撫でてみれば、ふわりと再び瞼が開いた。 「だいぶ良くなったか」 「え?」 「その手。見せてみろ」 言いながらも既にロゼの手を掴んでいたギャザラが、自身の目の前までその手を引く。 「あ、あの……! お陰様でだいぶ良くなりましたが、それでも決して綺麗なものでは」 以前もらった薬は本当によく効く。けれどそれでも、毎日朝から晩まで土や水に触れる手は元々の体質もあって、とうてい美しいなどとは言えない状態だ。 紫水晶のような美しい瞳に、そんなものが映されている。その事実がいたたまれなくて肩をすくめれば、静かな声と共に捕らわれていた手が解放された。 「そうだな。美しくはないな」 鼓膜を震わせた、少しクセのある声。 「だが、俺は嫌いじゃない」 え、と口から零れた間抜けな声は、彼の唇によって遮られた。 抱え込むように頭を引き寄せられた、その体勢は少しだけ苦しい。けれどそれ以上に、少し前から早鐘を打ち続けている胸がとても苦しかった。 「この髪も、温かそうで悪くない」 「っ!」 からかわれているのだろうか。 指先でくるくると弄ばれた髪。何かを問いたくても、一体何を口にすればいいものか考えあぐねている間に、再び唇が重ねられて。今度は、どちらからともなく舌が絡み合った。 「っは……、んっ」 久しぶりの感覚は、甘く切ないほどに気持ちが良かった。 ぬるりとした舌が自分のそれと絡むたびに、息が上がってなお苦しい。 「けれど、もう少し肉をつけたほうがいいな。……絶望的すぎる」 ややあって、名残惜しそうに離れていった唇。こんな体勢でも触れることのない、平らな胸を見て彼が小さく溜息をつく。 「……それも、お嫌いでないのですか」 「自惚れるな」 ロゼの首に回していた手を離して目をつむってしまった彼からの返答は、実に素っ気ない。けれど、その声色は普段よりもとても柔らかかった。 「陛下?」 無視を決め込んでいるのか、眠ってしまっているのか。呼びかけに対する応答はない。再び頭を撫でてみても、それに対する反応はなかった。 『明日の夜には行く。念入りに準備をしておけ』 昨夜囁かれたその言葉が脳裏をよぎれば、今しがたのキスで火照った身体がやけに疼いて。身の内でくすぶるその熱を逃がすように、細く長く息を吐き出す。 きっと、こんな感情は気のせいだ。 自身にそう言い聞かせながら、ロゼはただその銀糸のような髪を梳き続けた。 |
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氷の王は転生令嬢を腕に抱く |
真宮奏 著:緒笠原くえん 画 6月27日発行予定 1,200円(税抜) |
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