●あらすじ
鈍感だけど素直で優しい宮廷音楽家のシーラ。 第二王子リシャルドの歌姫になったものの、やたら体を求めてくる彼に戸惑い気味。
「私は愛人になる気はないんですから!!」 逃げるように王子を避けるシーラ。我慢の限界に達したリシャルドがとうとう強硬手段にでてきて……!?
素直になれない転生歌姫と、一途になった元チャラ王子の幸せにあふれる王宮ラブファンタジー第二弾!!
●立ち読み
 夕方になり、自室へと戻る。
 メルリに夕飯の準備をしてもらい、その後はソファでゆっくりとする。
 考えるのは、歌のこと。
 今まではこの世界にあった歌をアレンジしてうたっていたけれど、いつかは自分で作詞したものをうたいたいと思っていて——。 「うーん、なかなか難しいよね……」
 この世界は、日本のように厳密な楽譜があるわけでもないし、音を確認するのも簡単ではない。楽師の人に頼まなければいけないからね。
 本当は自分で楽器を用意出来ればいいのだけれど、お金がかかるし、何より私はこの世界の楽器を扱うことが出来ない。
 アンネの結婚問題をどうにかしたら、じっくり自分だけの歌を作ろう。
 そう思ったところで、ドアが開きリシャルド様の訪れを告げる。私の心臓が、どきりとひときわ大きな音をあげる。
「シーラ」 「リシャルド様……」
 いつものようににこりと笑ったリシャルド様が、さも当然というように私の隣に腰掛ける。頑張って拒否してきたというのに、この人もめげないよね……。
 柔らかい金髪が揺れて、緩めている襟元からは鎖骨が見える。そんなちょっとしたことでも、私の胸は高鳴ってしまうのだ。
 ドキドキする音に気付かれたくなくて、私はさっとソファから立ち上がる。
「ええと、お茶を用意しますね」
「うん」
 部屋に備え付けられた棚には、たくさんの茶葉が用意されている。その数は軽く数十種類にもなるのだけれど、貧乏貴族の私はどれがどんな紅茶なのかさっぱりわからない。
 ……なので、いつも同じのを飲んでしまう。
 何がいいかなと考えて、やっぱりいつもと同じでアールグレイを用意する。もう夜なので砂糖は控えめにして、ミルクを多めに入れた。
 いい香りが鼻をくすぐり、私はほっと息をつく。
 かちゃりとテーブルの上に置くと、リシャルド様も「落ち着くね」と言って微笑む。
 一口紅茶を飲むと、じわりと体中に温かさが染み渡る。中心部分から温めてくれるその感覚に、緊張していた私の体は次第にリラックスしていった。
「シーラの淹れてくれる紅茶は、いつも美味しいね」
「そうですか? ありがとうございます」
 執務で疲れているときに飲むのが特に好きなのだと、リシャルド様が言う。確かに、私も歌の練習で疲れているときはよくティータイムをとっていた。
「……それで、シーラ?」
 ティーカップを置いたリシャルド様が、すっと目を細めて私の顔をじっと見つめてくる。私に触れてはいないけれど、いつ触れられてもおかしくない距離は——ひどく落ち着かない。
 ——いったい何を言われるのだろう。
 もうここにはこないと、そう告げられるときがきてしまったのだろうか。早鐘のように心臓が音を立てて、私から冷静さを奪っていく。
「ええと、リシャルド様?」
「いつまで、中庭にこないつもり?」
 ——そっちか!  ずっと話題にならなかったから、もうこれについては触れられないかな……なんて、心のどこかで思っていたけれど、そんなことはなかったようだ。
 にこりと、笑っているはずなのに——リシャルド様の目が笑っていない。ある意味ぞくりとした感覚が、私の背中に走る。
「シーラがいないから、毎日退屈で嫌だよ。どこにいるのか、素直に言って?」
「っ!」
 ほらほら、と。
 リシャルド様が、私との距離を詰めてくる。逃げるようにあとずさってみるけれど、あっという間にソファの端まで追い詰められてしまった。
 もう逃げ場がない私に、リシャルド様が押し倒すようにのしかかってくる。額に優しいキスが降ってきて、リシャルド様の体温を感じる。
 ……どうしても、駄目なのに、ドキドキしてしまう。
 ——って、駄目!  拒否しようって、決めたのだ。
 それなのに……リシャルド様のキスが、まぶた、頬と優しい温もりをくれる。
 私の顎にそっと手が添えられ、口を開くようにくいっと引かれて——リシャルド様の唇が重なる。そう思って、瞬間的に私は拒絶の言葉を叫んだ。
「もうやめて、キスしないで……っ!!」
「——ッ!」
 リシャルド様の肩を手で押さえて、嫌だと拒絶の言葉を口にして首を振った。私の名前を呼ぶ声が、頭上から聞こえる。
 見上げると、大きく目を見開くリシャルド様。
 今まで、ここまで本当に拒絶したことはなかった。だから、リシャルド様のこんな表情を見るのも初めてで……。
 見た瞬間、ひどく後悔というものが私を襲った。
「シーラ」
 静かに、ただただ私の名前を呼ぶリシャルド様を、これ以上見ていられないと私は顔を逸らす。私の言葉で、そんな傷ついた顔をしないで。
 言うんじゃなかったと、そんな気持ちが心の奥で芽生えた。
 でも、でも——。
 私とリシャルド様の間に、沈黙が訪れたような気がした。本当は耳にリシャルド様の声が届いているのに、私の世界はスローモーションのように動いていると錯覚してしまう。
「あ……」
 さらりと、リシャルド様が私の髪を指ですく。しかしそれはすぐに離れて、私の髪はソファへ散らばった。


宮廷音楽家になったら王子に溺愛されました 2
雪花りつ 著:涼河マコト 画
1月31日発行 1,200円(税抜)

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