●あらすじ
建国記念日の大舞踏会の夜、クローディアは、酔ったエリオットに襲われかけてしまう。
何とか逃げ帰った翌朝、訪ねてきたエリオットが謝罪とともに口にしたのは「責任を取って結婚したい」という言葉だった。
そんな申し出を丁重に断ったクローディアに、何故かエリオットはピシリと固まってしまう。
気を取り直した彼は、何故かクローディアに乞うような視線を向けてきて……?
●立ち読み
『結婚していただけないだろうか?』

『——お断り致します』

 この会話の一体どこに、公爵は衝撃を受けているのだろう。昨夜自分を襲った相手から責任を理由に結婚を申し込まれて、それでもすぐに頷くようなクローディアだと思っていたのだろうか。

 それはそれで腹立たしいが、そもそも責任自体考える必要がないと思う。

 何せ、昨夜奪われたのは唇だけだ。感じた恐怖はさておき、唇だけで責任を取る人間の話など、クローディアはこれまでに一度も聞いたことがない。これが仮に純潔であれば、相応の責任も発生するが、昨夜公爵はクローディアの服の下には指一本触れてもいない。

 だから謝罪は公爵の誠意だとしても、責任を取って結婚というのは流石に話が飛躍しすぎだ。

「……せめて、もう少し考えてはもらえないだろうか」

 ようやく気を取り直した公爵が、何故かクローディアに乞うような視線を向ける。

 無下にするのも心が痛みそうなその視線に、思わずクローディアはうっと言葉に詰まった。

「で、ですが……昨夜、公爵様は……」

 無理矢理唇を奪っただけで、純潔を奪ったわけではない。

 そう言いたいところではあるが、年相応の恥じらいからはっきりと口にすることが出来ない。

 だからといってこのまま結婚の話が続いても困ると、クローディアはとりあえず話題をずらすことにした。
 
「そもそも……公爵様は昨夜、何故あのようなことを?」

「それは……」

 公爵が口籠る。一転して、今度ははっきりとしないその態度から察するに、余程疚しい気持ちがあるようだ。

 そしてようやく会話の主導権を得たクローディアは、確認の意味も込めて、昨夜から感じていた疑問を投げかけてみることにした。

「もしや、見間違えをなさったのでは?」

「……いや、すまない。幸せな夢でも見ているのかと思っていたんだ」

 クローディアの問いに一瞬びくりと身体を揺らした公爵が、がっくりと項垂れる。

 確かに昨夜、公爵からは微かにアルコールの香りが漂ってきていた。それが失恋の痛みによる自棄酒であったかどうかはともかくとして、見間違えたのは事実なのだろう。

「でも……酔っていらっしゃったのに、髪色だけで……」

 王妃だと思い込み、ぞっとするほど執拗な口づけが出来るなど、募らせた恋心というのは厄介だ。

 本当に恐ろしいと思いつつ、小さな声で呟いたつもりのクローディアに、公爵が「ああ」と頷く。

「本当に美しい、亜麻色の髪だからな」

 紫紺色の瞳がまたしても、クローディアの髪を眩しそうに見つめる。ただ、その褒め言葉はクローディアへのものではなく、クローディアを通してもう一人の同じ髪を持つ人間へと向けられているものなのだろう。

「そこまで強く、思い続けていらっしゃったのですね……」

 本当に一途な人だとある意味感心したように呟いたクローディアに、公爵が顔を赤らめる。次いで、その顔を隠すように口元を手で押さえた。

 だが、その姿が既に肯定を表している。

 ——だから見間違えても仕方がないとは、流石に思えないけれど。……でも、ご自分の非をしっかりと認めて謝罪されたんだもの。もう、流してしまうのが一番だわ。

 やはりもう忘れた方が良いと結論を出したところで、クローディアは一つだけ思い出した。

「公爵様。私も昨夜は、大変失礼なことをしていまい申し訳ありませんでした」

 クローディアは昨夜、公爵の頬を叩いた。多少不本意ではある上にこれきりの関係ではあるが、一応謝罪はしておくべきだろう。

 そう思い、謝罪の言葉を告げたクローディアの予想に反して、公爵は何故か首を捻る。

 これはまさか、アルコールのせいで覚えていないということだろうか。それなら、このまま誤魔化してしまた方が良いだろうかと一瞬だけ考えたものの、やはりそれは良くないだろうと、正直に話してからクローディアは頭を下げた。

 しかし、真実を話したクローディアに対する返答もまた、予想とは大きく違っていた。

「そんなことは気にしなくていい。君の小さな手は、柔らかいから問題もない」

「……お許し頂き、ありがとうございます」

 よくわからない理屈だが、公爵が問題ないと言うのならもうそれでいいだろう。あとはこのまま、責任などといった話を忘れて帰ってくれたらというクローディアの願いは、けれど公爵によってまたしても砕かれてしまった。

「それで、先ほどの件だが……」

 どうやら公爵は何一つ忘れてなどいなかったようだ。

「考え直してもらえただろうか?」

「いえ……責任などとお考えになる必要はありませんので」

「しかし、私は君の大切なものを奪ってしまっただろう」

 確かに、誰かと唇を重ねるのは初めてだった。それを大切なものと言われればそうかもしれない……と思えば思うほど、段々悲しくなってくる。例えこの先クローディアが誰とも結婚しないとしても、だからといってこのような失い方はあんまりだ。

 その大切なファーストキスを無理矢理奪った相手と、結婚など絶対にしたくはないという気持ちが、どうして公爵には伝わらないのか不思議で仕方がない。

「……もしや、まだあの男が忘れられないということか?」

「え……?」

 だが、いきなり飛び出てきたあの男(・・・)という言葉に、クローディアの心臓はドクリと跳ね上がった。

 ——……公爵様は、何をご存じなの……?


私と公爵様の甘やかなる契約関係
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