●あらすじ
 小国ハックワースの王女リアナは、レーヴェンガルト帝国の皇帝ヴィルフリートの側妃として召し上げられた。
 形だけの側妃だと思っていたリアナだったが、突きつけられた冷たい言葉とは裏腹の優しい一面を見せてくれる ヴィルフリートに心は揺れ動くのだった。
 舞踏会の日、側妃としての務めを果たすべくリアナは慎ましくもヴィルフリートの側に立っていた。
  皇帝に挨拶をと舞踏会の出席者である貴族たちのなした長い列が一段落し、二人は用意された部屋へとともに戻る。
 公務と打って変わって表情を和らげるヴィルフリートに、リアナは……?
●立ち読み
「疲れただろう。すぐに出なければならないが少し休め」

 侍従が下がり、束の間、二人きりになると、ヴィルフリートはソファに腰掛け、首を回してほぐすような動きをしながらリアナに自分の隣に座るように勧めた。

「ありがとうございます」

 リアナは恐縮したように微笑みながら、勧められるがままに、ドレスの裳裾を気にしながらヴィルフリートから少し距離を開けてちょこんと座った。最初は座るように勧められても同じところに座るなんてとてもじゃないが恐れ多くて、固辞して立ったままか、座ったとしても隅の別の椅子ぐらいなものだったが、傍にいることを許される時間が長くなるにつれて、二人の間には少しの気安さも出始めていた。踵の高い靴でずっと立っていたから脚が少しだるい。ヴィルフリートの視界から外れたところで、緊張状態から解放され強張りが解けた脚をそっと動かした。
 視線を下げて気付かれないようにそっと息を吐くと、隣から視線を感じた。

「足が疲れたか?」

 不意に、ヴィルフリートがリアナの方に身体を倒してドレスの裾を少しめくった。

「陛下!」

 驚いたリアナが声を上げると、眉をしかめたヴィルフリートの表情が目に入る。

「こんなに踵が高い靴を履いているのか 」
「これぐらい普通でございます」
「そうなのか」

 元の位置に身体を戻したヴィルフリートは、眉間に手を当てて揉むような仕草をしながら口元をふっと緩めた。

「女は大変だな」

 不意に見せたどこか呆れたような笑みにリアナの鼓動がどくんと音を立てた。
 ヴィルフリートは人前ではいかなる時でも威厳に満ちた皇帝の姿を崩したりはしなかったが、ひとたびその体裁を解くと、その人となりは驚くぐらい飾り気がなかった。
 常日頃から二人の間にこういった空気が流れている訳ではないが、たまに覗かせる恐らく本来の彼に近い態度はその度にリアナの胸を落ち着かなくさせた。
 戦狂いの皇子——これは彼の皇太子時代のあだ名で、ひとたび剣を握れば、戦場ではその苛烈さから敵兵ならず味方までも彼を恐れたという。本来の気性は恐らく荒いはずだ。部下への態度からそれが垣間見える瞬間もごくたまにだが目にしたことがあった。そして、皇帝の時の彼は施政者として他をよせつけない、人よりも一段上ったところにいるような感がある。
 しかし、その裏側で触れたヴィルフリートは気を使われることを厭う、さっぱりとした人となりをしていた。そして、ごくたまに見せる飾らない笑みがどこか少年っぽさを感じさせてリアナの心を跳ね上げた。

 しかも、そんなヴィルフリートの一面を見ることができる女性は今の状況ではリアナだけなのだ。現在、リアナ以上にヴィルフリートの近くにいる女はいない。そのことに心が浮き立つものを感じた時、リアナは自分の気持ちにありありと気が付いてしまった。  いつも、皇帝としてのヴィルフリート以外の部分を探している。一緒にいる時は全神経が彼に向いていて、新たな一面を見つけ出そうと躍起になっている。
 そして、それが叶うと心がこれ以上ない喜びで満たされた。
 もっともっと素の、ありのままのヴィルフリートが見たくて、その思いには際限がない。
 そういった気持ちを制御することは難しかった。それは全て、リアナの無意識下で行われていたからだ。それに気付いてしまってからは、その場面に遭遇する度に、ヴィルフリートへの気持ちを思い知らされた。

「そろそろだ。行くぞ」

 隣で立ち上がったヴィルフリートがリアナを振り返る。ぱっと顔を上げたリアナは慌てて立ち上がろうとしたが、踵の高い靴のせいか思ったよりももたついてしまった。すっと傍に来たヴィルフリートがリアナの顔を覗き込みながら腕を取る。

「やっぱり、無理をしているのではないのか」

 ヴィルフリートに引き上げられながら立ち上がったリアナは逸る心を抑えながら精一杯取り澄ました顔を保った。

「いえ……ありがとうございます」

 その時、ヴィルフリートを呼びに来た侍従が外側から扉を開けた。
 そちらに向かって歩き出す彼の横に並んだリアナは自分を支えるかのようにさりげなく腰に添えられた手に、頬が緩んでしまうのを抑えられなかった。


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