●あらすじ
帝王学を学び、男勝りで責任感の強い性格に育ったオデット。
結婚についても国政の一環という考えを持っていたせいか、恋愛については未経験のことばかり。
そんな彼女が、王としては素晴らしい才覚をもちながらも、どこかいけ好かない所がある、軍人王レオナルドに嫁ぐことに。
「私は気軽に、愛しているなんて言葉を使いたくないんだ」

愛が理解できない破天荒な王妃と、彼女の愛を求め続ける王のロイヤルラブコメディ第一弾!!
●立ち読み
 ところが、オデットが十七歳になった春、九年ぶりに突然王妃が懐妊した。そして生まれたのは……待望の王子だった——。
 国中が祝賀ムードで沸き立つ。
 国王夫妻が結婚して十八年目に、ようやく王子が誕生したのだ。諸外国の賓客が次々と訪れ、祝いの品が届き、毎日のように舞踏会が繰り広げられた。その祝い方は明らかに妹たちが誕生したときとは違っていた。
 オデットは舞踏会に参加せず、高台へと馬を駆る。
 嬉しいときも哀しいときも愛馬シリルに跨がり、この坂道を疾走してきた。ただ、今は自分でも、嬉しいのか哀しいのか、わからない。
 ——妹たちと同様に、弟も可愛い……可愛いはずだ。
 そう思おうとするのだが、オデットの胸には何か冷たく鋭いものが突き刺さっていた。この感情は一般的に“恐れ"や“嫉妬"と呼ばれるものだ。だが、オデットは、これまで生きてきて、そんな感情を抱いたことがなかった。だから、その正体がなんなのか、よくわからない。
 男というだけで歓迎される弟、そして、何もわからない赤子なのに、生まれただけで彼女の女王の座を危うくする男。だが、誇り高いオデットは小さな弟を敵視することもできず、その感情を持て余し、混乱していた。  オデットは高台で馬から降り、そこからの風景を眺める。山並みが様々な花々に彩られ、春の風が生命の息吹を感じさせてくれた。王子が生まれてからは天気のいい日がずっと続いている。今日も鮮やかな夕焼けで、まるで王子の誕生を祝福するかのようだ。
 西の空の、赤から黄色、そして薄い青へのグラデーションをじっと眺めていた。
「久しぶり」
 誰もいないと思っていたのに、男の声がして、オデットは驚いて振り返る。
 そこには木の梢に体をもたれかけさせているレオンがいた。前回と違い、乗馬服ではないが、横に毛並みのいい馬がいた。レース襟のシャツにヴェスト、若草色のシルクに金糸のジュストコール(丈長の上衣)を着用した盛装で、以前とは印象がかなり違う。
 視線が重なると、レオンが、すっと背筋を正した。以前のようにからかったりすることなく、真顔だ。
「お、お前……なぜここに!?」
 二度と会うこともないだろうと思っていた男が現れ、オデットは目を見開く。
「……あんたが泣いているような気がしたから」
 そのとき風が吹き、レオンの髪が乱れた。そう長くない髪が頬に掛かり、彼は小さく首を振って、それを払いのけた。オデットのほうに歩み寄ってくる。今回はからかうような感じは全くなく、瞳は同情するかのように哀しげだった。
 その表情を目にして、オデットはカッと体中が熱くなるのを感じた。羞恥と怒りが同時に湧き上がってくる。オデットにとって、人から憐れまれるなんて我慢ならないことだ。
「泣く? なぜだ? 我が国には待望の王子が生まれたし、夕焼けはこんなにきれいだし、今年も豊作に……」
 そこでオデットはレオンに頭を掻き抱かれた。
 オデットは小柄だがレオンは長身で、腕の位置が、ちょうど彼女の頭の高さになる。
「ああ、あんたの国は、とても美しい」
 彼がそう言った刹那、オデットの瞳から涙が溢れ出した。
 レオンは無言で優しく頭を撫でた。いつしかオデットは顔を彼の胸に預けていた。しばらくして彼女の涙が収まってきたのでレオンは囁く。
「なあ、俺の国に嫁に来ないか」
 オデットは顔をがばっと上げた。
「はあ!? 私には婚約者がいるんだぞ」
「まだ結婚していないから、処女なんだろう? 俺は心が広いから、キスぐらいなら経験済みでも許してやるぞ」
 ニヤッと笑うレオンにオデットは不審げな視線を向ける。さっきは以前と雰囲気が違うような印象を受けたが、やはりレオンはレオンのままだった。
「な、なんてことを! お前はそんな目で私を見ていたのか! ……そういえば、前も!」
 キスされたことを思い出す。片手で口を覆ってあとずさり、シリルの手綱に手を伸ばした。
「またして欲しくなった?」
「なわけないだろう!」と声を荒げ、馬に跨る。
「あんたはそのくらい元気なほうがいい」
 レオンが嬉しそうに笑っていた。
 オデットは顔を赤らめる。泣いていたことが急に恥ずかしくなったのだ。
「ふん、私はいつも元気だ!」
「じゃ、そのうちプロポーズしに行くからよろしくな!」
「冗談!」と、言い捨ててオデットは王宮へと馬を走らせた。
 ——あいつ、本当に軽いやつ。ほかの女にしているようなことを、この私にもするなんて!
 しばらくムカムカしていたが、馬で斜面を駆け下りていくうちにおかしくなってきた。
 ——この私に求婚するなんて、いい度胸をしている!


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